6.お寺への不満

最終更新: 11月6日

こんにちは。

小さくて温かいご葬儀とご供養の店

ラ・プリエールです。

今回は、多くの方々が感じていながらなかなか口に出したり相談できないでいる、

お寺様への不満について触れてみたいと思います。

僕が普段お仕事をさせていただいているなかで、互助会と同じくらいよく耳にする不満が、

お寺様に対するものです。

まず大前提として、すべてのお寺様がよくないお寺様だと言っているわけではありません。

僕の知っているお寺様でも、とても素晴らしい方々もいらっしゃいます。 あくまで感覚ではありますが、体感としては半々くらいかと思います。 それに、仏教はもともととても素晴らしい思想だと思いますし、

日本人の価値観にとても合っている宗教だと思います。 東南アジアにおいても、仏教圏は勤勉実直な国が多いです。

しかし、

「お布施が高すぎる」 「お経の価値が分からない」 「態度が横柄」 残念ながら、ラ・プリエールで仏式のご葬儀をあげられるお客様は、ほぼ9割方が 「しょうがなく」 お寺様にお願いしているという印象です。 この事に関しては、ラ・プリエールのある西堀通近辺の寺院の格式が高いことや、 そもそもラ・プリエールが新しい価値観のご葬儀を提供していることも関係していると思っています。

これまでの価値観で考えれば、ご葬儀はお墓のある菩提寺に依頼することが当たり前で、 もし菩提寺以外のお寺でお経をあげてもらったり、お経なくご葬儀をした場合には、

お墓に入れてもらえないということもありえるという、 本当に人質商売みたいなやり方をしていたためだと思います。 「本当は嫌なんだけどね」 「葬式の時ばっかり大急ぎで来て」 「やめたいけどやめられないんだわ」

でも、

「代々のお墓もあるし、ご先祖様や親戚に迷惑が掛けられない」

と、納得がいかないままに渋々お付き合いをされている方が多いです。

こういったお客様の思いも、ご葬儀と一緒でお寺様のご供養の内容に満足していれば出てこないと思っています。 たしかに素晴らしいお寺様もいらっしゃいますが、 俗にまみれた世間知らずの時代遅れの人間にしか見えないお寺様も意外と多いというのも事実です。

では、今私たちが思っている 「お葬式とご供養はお寺にお願いする」 という考え方は、どこからやってきたのでしょうか。 もともと仏教は精神的な修行を示すものであって、 「成仏(じょうぶつ)」 という言葉も、亡くなってからではなく、生きている間に悟りを開くということを指していたと思います。 ですから本来は戒名(法名)も生前に授与されるものであって、

亡くなってからのことは仏教の開祖である釈迦の教えにはなかったはずです。

結局のところ、 「死ぬためにどう生きるか」 が仏教のテーマであり、

そこには信者からお布施を徴収するとか、檀家よりお寺が偉いなんていうことはなかった気がします。

また、法隆寺や清水寺のような、鎌倉以前の時代の寺院は、お葬式を行わないと言われています。 それは、当時の仏教が小乗仏教と言われるものであり、 「修行をしたものだけが救われる」 という、限られた人間にしか縁のないものだったからです。

鎌倉時代に入ると、いわゆる大乗仏教と呼ばれるものが日本人にやってきます。

この頃から、仏教の僧侶は一般庶民の供養を積極的に行ったと言われています。 小乗仏教が釈迦の教えを実践する弟子に対しての教えだったことに対して、 大乗仏教は一般の多くの人を救うことを目的としたものであると言われています。 多くの方を救うことにより、最終的には自分も救われるという考え方です。

僕たちが抱いている仏教というものは、おそらくこの大乗仏教だと思います。 住職様にお経をあげていただくことで、大切な方が成仏して仏になるという考えです。

このままであれば、現在の多くの方がお寺に不満など持たないはずなのですが、

一体いつから、なぜ、今のようになってしまったのでしょうか。 辿っていくと、江戸時代に遡ります。

まず、現在の「菩提寺と檀家」という関係は何かというと、

システム的には

「檀家が菩提寺の暮らしの面倒をみることによって、自分たちのご葬儀や供養をしてもらう。」 という契約です。 ザックリ言うと、おそらく当時は食べるものや寺院のメンテナンスを檀家が面倒をみて、 寺院は万が一の時にご葬儀やその後のご供養を受け持つといった関係でしょうか。 何となく寺院の方が立場は上のように感じますが、僕は平等でいいと思っています。

当時はキリスト教が入ってきていて、日本でもキリシタン大名やキリスト教に改信する人も増えていました。 当時の幕府は、各地でキリシタンの一派が反乱を起こしたりしているという点からも、 キリシタン大名とキリシタンを警戒していました。 (幕府が正しかったのか、それともキリシタンへの弾圧だったのかは、今勉強中です) 隠れてキリシタンを信仰する人間を炙り出すため、踏み絵などを行っていましたが、 「菩提寺に地域の人間の管理をさせればいいんじゃないか」 ということで幕府は積極的に檀家制度を推し進めました。 地域の住民は地域の寺院と檀家契約を結ぶことによって、身元保証を受けていました。 その情報を寺院は幕府へ提出したのです。

こうした寺院を用いた戸籍管理は、明治時代に初めて戸籍制度として正式に導入され、

大正の改正を経て昭和23年に「戸籍法」として現在の形になりました。 ですから、言うなれば明治以降は寺院が戸籍管理をする必要はなくなったと言っていいと思います。 それでも今現在なぜ菩提寺や檀家という考え方が残っているのでしょうか? それは、お葬式と一緒で、業界側が印象操作をしているように、僕は感じます。 「昔から続いているから」 という理由だけで、ほとんど会ったことがないお寺様に何十万円ものお布施を支払うのは、

違和感を感じて当たり前だと思います。

もし菩提寺であるのなら、積極的に檀家さんと交流をして、まずはお布施を納めてもらえるようにすることが寺院側に必要なことだと思います。 価値が理解できないから皆さん払いたくないんです。 僕が会ったお寺様でも、 「葬儀はもうビジネスだから、家族葬もしょうがない」 とか、 「お経をあげてもらうならもっと環境を整えろ」 とか、 「最近の檀家は不勉強で何にも分かってないんだな」 とか、挙げればキリがないくらいの不遜な「自称」住職がたくさんいます。 そういうのに限って高級車に乗っていたり、大きなお家に住んでいたり、天狗になっています。

もともと数百年前の恩恵にぶら下がって甘い汁を吸い続けてきた彼らは、

社会から必要とされなくなって当然だと思います。 お葬式が、そのご家族にとってどれだけ大切な場面か、 ご供養がどれだけ大切な行為か、 彼らには分からないでしょう。

お墓を持っていないからといって違法にはなりませんし、離壇料だって支払う義務はありません。 ご供養の仕方は自由です。 幸い、日本人はお寺やお墓のことはよく分からなくても、お墓参りはとても大切にしています。 僕はこれこそ信仰心であると思いますし、ご先祖様への敬愛に他ならないと思っています。 だから、お墓参りが自宅でも、むしろお墓を持ち歩くくらいの感覚でご供養もできるのではないかと、 そういった商品もお取り扱いさせていただいています。

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